photo by YOSHIDA YOKO

顧客にとっての公約数は何か、瞬間的に判断すること。

VATE:なぜそのような人たちが集まるのでしょうか?

 

ひとえに「アップル」というブランドの求心力によるものです。そして、ある期間働くと、全く違う業界への転職も含めて、独立、開業、海外留学、そしてヘッドハンティング・・・と誰もが再びそれぞれの人生を歩んで生きます。自分の意志でアップルに集い、アップルのDNAを浴び、やがて去っていく。「社会人大学院」「お祭り」「合弁事業」・・・他にうまく例えが見つかりません。

 

VATE:社内にいるときから、他部署からも大勢人が集まってくるのでしょうか?

 

同じ社内にいるときは、あまりありません。ところが、別にOB会のような組織があるわけでもないのに、退職者同士が連絡を取り合い、集うことは非常に多いと聞いています。互いの「情報交換」という目的も否定できません。

しかし、私の他、多くの友人に共通しているのは「またいつか、この仲間たちと仕事をしてみたい」という想いです。もちろん、在職中にはライバルでもあり、競いあったり、ギスギスしたトラブルもあったりもします。でも「また一緒に仕事がしたい」という、たったこれだけのシンプルな思い自体が私にはすごく新鮮でした。

 

VATE:また一緒に働きたい、と思えることがすばらしいですね。

 

そうですね。在職中はあまり話をしなかった人と、退職後仲良くなることもあります。特徴的なのがこうしたコミュニケーションが比較的サイバー上でなされること。仕事上困ったことがあった時に、複数の元の仲間たち(元上司、元部下、元同僚)に一斉メールで意見や助けを求めると、ものの1時間もかからないうちに、それぞれの立場(マーケティング、エンジニア、営業マン、管理職、若いスタッフ・・・)から、協力可能な範囲での提案や意見をもらえます。中には現在のクライアント企業に勤める仲間や、ライバル企業で同じ職種につく友人からも意見がもらえます。海外で就業、留学中の仲間からは微妙な時間で返事がかえってきます。チャットを使ってオンタイムでコミュニケーションすることもあります。

 

VATE:いまの時代を象徴する話ですね。

 

「退職者」といえば「定年退職者」のことのみを表していた、以前の職場とは全く異なるカルチャーを前提としたコミュニケーションです。また、いわゆる「飲みにけーしょん」というウェットなイメージの同窓会やOB会の会合とも違います。私にとっては非常に心強い「最強のブレーン」を得た感じです。

先日、「在職中はあまりつながりのなかった元社員同士が、一緒に事業を始めようとしている」という話を聞きました。聞いた相手は在職中はあまり話したことのなかった同僚からでした。その友人はアップル退社後、人材ビジネスを始めたとのことです。こういった情報には耳が早いはずです。

 

VATE:アップルで成し遂げられたことって何だと思われますか?

 

私がテレビ局での経験から得た、「視聴者の公約数」を探してコミュニケーションする能力をアップルではフルに使い、日経パソコンが行ったサポートランキング調査では14社中13位だった総合ランキングが1年目で6位まであがりました。ランキングが全てではありませんが、特にWebでの情報提供に関しては2位まであがりました。カスタマーリレーションというのはコストと時間をかければいくらでもできます。しかし、かけたコストは製品価格に跳ね返ります。また、時間をかければかけるほど顧客の満足度は下がります。顧客にとっての「公約数」は何かということを、瞬間的に判断することも大切ですね。