天西ブルースライン

天西ブルースライン

VATE:その自分には勝てるんですか?

 

五分五分かな。もっと皮膚感覚とか判断力とかを磨いていかないと。武道の世界で言うと宮本武蔵が言ってた「見(けん)の目ではなく、観(かん)の目を養え」っていうヤツ。剣豪が言う事だから、「ああそうか。」と思うんやけどなかなか上手くはいかない。

 

VATE:いま西野さんがおられる代表的なバンドは幾つかあるわけですが、その形態になるにはどんな道のりだったんですか?

 

昔から俺の目を釘付けにしてた山田晴三っていうベーシストがいて、いつかこいつと一緒にやりたいと思ってて、まぁ今一緒にやってるけど。そうやって晴三君とのユニットにいっぱい色々なゲストを呼んでセッションをやってるうちに色々な人と出会って、形成されていったって感じかな。

 

VATE:西野さんの代表的なバンドに「天西ブルースライン」というバンドがありますが、

ヴォーカリストの天野さんとはどういう出会いだったんですか?

 

円道一成というシンガーのツアーのサポートをした時に出会ったのが最初かな。その時にキーボードの長部っていうヤツとも出会って。まぁ一緒にやった初日には「こんな奴らと二度とやるか!」と思ったね。

 

VATE:ええ!そうなんですか。

 

そう。あまりにも世界観が違ったというか、価値観が違ったというか。長部には最初に会った時に「俺はブルース嫌いや。」って言われたしね。ブルース嫌いって言われると自分の全てを否定されてるみたいなもんやからね。こんな奴らとは一生やるか、と思って。でも今ずっと一緒にやってるけどね(笑)。なんか不思議なもんで。

 

VATE:なんでそういう風になったんですかね?

 

不思議やなぁ(笑)。その後でもう一度ツアーを手伝うことになって、まぁトラブルとか色々あってツアーが終わって。その後の打ち上げをやった店がたまたまバンドの出来る店で、そこで天野SHOがセッションしようや、みたいなことを言い出してね。

 

それまではヴォーカルが別にいたから天野SHOはベースを弾いてるだけで、歌は聞いた事がなかった。その時にはじめて天野SHOの歌を聴いて、もうそれでビックリした。「なんやこれは!」って。彼はネイティブで、もちろん英語力ってのもあったし、何よりもあの声。

 

それまで自分は黒人音楽が絶対的なもので、黒人の方が音楽的には勝ってると思ってた。それを白人でも黒人でも日本人でもない彼が歌うあの歌。それに圧倒されたわけ。「ほんまもんやん!」って(笑)。体中に電気が走るぐらいビックリしたな。